こないだ多摩の陸事行くのにどこかショートカットないかと
ジャイロ乗って近隣の裏道をトコトコ散策した。
ジャイロ乗って近隣の裏道をトコトコ散策した。
まぁ元から陸事超近いんだけど。
するとこんな近場にトマソン(無用建築物)を発見する。
無用橋だこれ。
大正から昭和初期の頃の立川飛行場時代、
飛行場があまりにも平地で雨が降ると水が捌けずどえらいこっちゃになり、
立川駅北口が雨水で水浸しになることが頻繁に発生し、
それで掘った人造の河川「緑川」の名残だそうな。
戦後に米軍が飛行場接収して大幅に工事進めて
川開通させて数十年後には
多摩川まで開通させたそうで。
「立飛」は当初は東京で最初の飛行場で
大阪東京定期航空便を開通させた日本初の飛行場だったらしい。
そうなんだ、ここ立川も「空の街」だったんだね。
昭和初期に民間の空港を羽田に明け渡し、
その後は軍需産業(航空機製造)の一大拠点となり、
戦後にGHQに接収されて米軍基地に、
そのアメリカが朝鮮戦争にステージを変えた際
滑走路の距離がもう足りない時代となってしまい
滑走路延長で北の地域「砂川」の住民と激しく衝突。
米軍は立川の滑走路延長を諦めて福生へと移動したのよね。
その福生移設の前準備で一度朝霞に仮移転してるのよ。
で、その朝霞が今の自衛隊の練馬駐屯地。
こちらも今は自衛隊の立川駐屯地になってるのよね。
「南にトマソンあるって事は北口側にもあるんじゃね?」で
翌週そっちトコトコ散策したらあった。
ビンゴ。
上が埋め立てられた通称暗渠(あんきょ)になって
「あの通りの下に緑川あるんだ、あの道暗渠だったのか」
とか色々驚く。